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【うらおもて歴史街道 No.4】 ドナドナの謎


上記ツップフガイゲンハンゼルの曲を細見氏から紹介された小岸昭氏は、アブラハム・レビン著『涙の杯』(滝川義人 訳、影書房、1993年)の中でイツハク・カツェネルソンの名前が登場するくだりを、著書『マラーノの系譜』で紹介している:

「私は、イツハク・カッツネルソンの夫人が子供ひとりと一緒に捕まった、と聞いた。」(1942年8月14日付の日記)

「イツハク・カッツネルソンは、強靭な精神力があると聞いた。自分に襲いかかかった恐るべき災厄に耐え、歯をくいしばって生きているという。」(1942年8月17日付の日記)

小岸氏は、「こうした記述に接して、馬車のうえの、綱につながれた『子牛』というのが、じつは、ゲットーからアウシュヴィッツへ移送された作者自身の妻と、一一歳および一四歳のふたりの息子なのではないかという気がしてきた」と述べている(『マラーノの系譜』みすず書房、1994年)。

さらに小岸氏は、この曲のリフレインの歌詞 ”donaj” が、ヘブライ語”Adonai(アドナイ)の第一母音を欠落させた形ではないか、と考えた。「アドナイ」とは、ヘブライ語で「主」を意味する語で、ユダヤ教徒の間では神に対する呼びかけとして用いられる。

ユダヤ教の神の名は「ヤハウェ」(以前は「エホバ」と表記されていた)だが、その言葉で「神よ」と直接呼びかけるのは畏れ多い。旧約聖書では、「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない」(モーゼの十戒の第三戒)とされているからだ。「アドナイ」は「わが主よ」という形で遠回しに呼びかける語法だ。

Dos kelbl score

1994年にみすず書房から出版された小岸昭 著『マラーノの系譜』の表紙に掲載された「子牛」の歌の楽譜。なお、1998年に出版されたみすずライブラリー版には、この楽譜は掲載されていない。

だが、この「ドナドナ」(「子牛」の歌)のエピソードには、思わぬどんでん返しが待っていた

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