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【うらおもて歴史街道 No.5】 隠れユダヤ教徒と隠れキリシタン


今回ご紹介する本はこちらです。

表紙 隠れユダヤ教徒と隠れキリシタン

書名:                  隠れユダヤ教徒と隠れキリシタン

著者:                  小岸 昭

出版社:              人文書院

出版年:              初版2002年

〇 隠れ信徒の発見

1917年、ポーランド出身のユダヤ人鉱山技師サムエル・シュヴァルツ(1880-1953年)は、鉱山採掘のため、リスボンから北ポルトガルのエストレーラ山脈山間の村ベルモンテへやって来た。この村で彼はある村人から、村に住むユダヤ人、しかも何世代かにわたる隠れユダヤ教徒だという男性の話を聞かされる。

シュヴァルツは、15世紀末におけるスペインとポルトガルからのユダヤ人追放の際、キリスト教に改宗して祖国に残る道を選んだユダヤ人「マラーノ」のことは知っていた。だがポルトガルにおける異端審問制度は、すでに1821年に廃止されており(最後に異端者の火炙りの刑「アウトダフェ」が行われたのは1825年)、もはや異端者として処罰される危険はないはずなのに、この村に住むという隠れユダヤ教徒は今さら何を隠すことがあるのか。

そこでシュヴァルツは、老アントニオ・ペレイラというその男性を訪ね、自分もユダヤ人であることを告げたが、老人はなかなか警戒を解こうとしなかった。やがてようやく心を開いた老アントニオは、自分たちがカトリックに改宗したユダヤ人であるという表向きの事実の、裏側の真実を告白したのであった。

我々はユダヤ教をひそかに守りつづけてきました。来る世代も来る世代も、またそのつぎの世代も不安と恐怖のうちに過ごしてきたのです。」(『マラーノの系譜』小岸昭 著、みすずライブラリー、1998年)

このエストレーラ山脈の山間地方のマラーノたちは、すでに百年も前に異端審問所が廃止されたことも知らず、代々「不安と恐怖のうちに過ごしてきた」のであった。

老アントニオ・ペレイラから、ペレイラ家の秘密の「ローソク点灯の儀式」に招待された鉱山技師シュヴァルツは、そこでアントニオの妻が唱える祈りの言葉を耳にする。

「汝はたたえられてあれ、わが主『アドナイ』。たたえられてあれ、かくて神聖なる者たち、汝(な)が御前のこの神聖なるランプに火を点すなり、新しきオリーブの油もて、光をつくり、聖なる安息日の前夜を祝い、これをうやまわんがために。我を、我が夫と我が子供たちを、そしてイスラエルのありとあらゆる家を守りたまえ、アーメン。」(前掲書『マラーノの系譜』)

この時シュヴァルツは、このポルトガル語の祈りの中で、「わが主」を意味するヘブライ語「アドナイ(Adonai)」の一語だけが際立っていることに深い感銘を覚えた。というのも、シュヴァルツもまた、幼い頃ポーランドで唱えていた祈りの言葉(聖句「シェマ」)の中に挿入されるヘブライ語「アドナイ」を覚えていたからである。

“Shemà Israel, Adonai Elohenu, Adonai Echad.”(「イスラエルよ、聴け、我らが主なる神、主は一者なり。」)

その後、北ポルトガルの三州、すなわちトラス=オス=モンテス地方、ベイラ・アルタ/ベイラ・バイシャ地方、ミーニョ/ドーロ地方の大部分に広くマラーノが住んでおり、シュヴァルツの調査では一万世帯ものマラーノが彼らの信仰を密かに守り続けていたことが判明した

地図 ポルトガル
図 ポルトガルの地図(「隠れユダヤ教徒と隠れキリシタン」より引用)

彼らマラーノの間では、金曜日の夕方に唱える安息日「シャバット」の祈りや、種なしパン「マツァ」を焼く聖なる「復活祭」(実はユダヤ教の過越しの祭り)の儀式や、川面をオリーブの枝で打ち、モーセの顰(ひそ)みにならって水を分ける儀式などが行われていた。 彼らが臨終の時を迎えた時、カトリックの神父が派遣されたが、神父が帰ると、臨終の床にあるマラーノは東の壁(聖地イスラエルがある方)に顔を向け、身も心もユダヤ人として死んでいったという。

この隠れユダヤ教徒「マラーノ」たちは、数百年が経過する中で、先祖の宗教であるユダヤ教の正統からは外れてしまっていた。儀式を行う建物もラビ(ユダヤ教の聖職者)も聖典も持ち得ず、ユダヤ教との接触を断たれ、歳月とともにユダヤ教の知識も曖昧になり、本来の形態が崩れて、キリスト教的なものと混じり合っていったのである。

「マラーノは、ごくささいな異端の証拠も見逃さない異端審問所の影に怯えながら、表向きはキリスト教徒を装い、内面ではユダヤ教を信じるという二重生活を送り、生き残るための必死の努力をしながら、次第にカトリックへの同化を深め、土俗化を強めていった。その際、マラーノは厳格なカトリック教育を受けて育った結果として、カトリックの『救済』概念を受け入れ、そのうえに先祖から密かに伝えられてきたユダヤ教の解釈をおおいかぶせたのだった。こうして、マラーノの生活原則、すなわち『イエス・キリストではなく、モーセの律法こそが真の救済に至る道である』という根本思想が(中略)形成されていったのである。」(本書p. 241)

(参考動画)

フランスのドキュメンタリー映画 LES CERNIERS MARRANES (The Last Marranos、『最後のマラーノ』、1990年)

制作: Frederic Brenner & Stan Neumann(フレデリック・ブレネル、スタン・ノイマン)

映画後半の舞台として、本書で紹介されているベルモンテの村が登場します。
映画前半の舞台は、北ポルトガルのトラス=オス=モンテス地方の村々です。

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