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【FT解説】 ピーター・タスカ氏寄稿


 

寄稿: Japan has not learnt the lessons of its lost decade

         (日本は失われた十年の教訓を学んでいない)

寄稿者:Peter Tasker (Arcus Research 在東京アナリスト)

日付: 2013年8月2日

 

日本の消費税を上げるのが賢明かどうか、東京では議論が白熱している。経済成長と財政再建のどちらを優先するべきか?首相は数週間のうちに決断しなければならない。

私は六本木のバーの店内に座って、博識な日本人官僚とこの話題について話し合っている。

「増税は絶対必要です」と、彼は年代もののアイラモルトを揺らしながら言う。「もし増税しなかったら、投資家の信頼を失い、日本の債券市場は崩壊するでしょう。」

「深刻な不況になる危険を冒すことになるのでは?」と私は尋ねた。

「一時的な落ち込みはあるかもしれません。でも財政の健全化は、将来の成長にとって良いことです」と彼は答えた。

時は1997年だった。アジア危機はすでに本格化していた。日本自身の銀行システムが破綻の瀬戸際にあった。だが役人らは、消費者に課す税を上げるのが優先事項であることを、人気があり行動的な当時の橋本龍太郎首相に納得させた。

結果的に、彼らは日本経済を10兆円の財政の崖から突き落とすことになった。ある物に課税すると、その物は以前よりも少なくなる。日本の消費の場合が、まさにそうであった。ものの数ヶ月のうちに、完全なるデフレが出現し、小売売上高は長引く不振に陥り、まだそこから浮上するには至っていない。

その後まもなく、橋本は首相の座を追われ、彼の力量に対する評判はズタズタになった。伝えられるところでは、彼は官僚の助言に従ったことを、2006年の早すぎる死の直前まで後悔していたという。

この増税は、それだけ取って見ても失敗であった。中央政府の税収はその後の15年間で20%超も減少し、日本の債務の対GDP比は、当時40%に過ぎなかったのが、150%超まで雪ダルマ式に膨れ上がった。

一方、日本の債券市場は、崩壊するどころか、驚異的な上げ相場に突入し、10年ものの利回りは0.8%未満にまで達した。米FRB (連邦準備制度理事会) が資産購入を漸次縮小するという最近の [市場の] 不安を受けても、日本債券の利回りは、他にほとんど類を見ないことに、1年前と比べて上昇していない。

悲しむべきことに、日本の政治家は、この政策の大失敗の教訓を無視した。安倍晋三の前任の首相である不運な野田佳彦が、昨年4月に景気後退の状況下で消費税を倍にすると公約したとき、超党派の支持を得た。あのカリスマ的な小泉純一郎 ― エルヴィスの物真似とワールドクラスの髪型の彼 ― ですら、増税の必要性については口先で賛同しただけであったのに。

だから、日本の政策立案の支配者層 ― 見たところ安倍氏自身の財務大臣も含め ― が、野田氏の財政引き締め策が予定通り実施されるよう声高に求めるのは、まったく彼ららしいのである。これは、1998年のひどい先例にもかかわらずだ。すなわち、英国の事例である。この事例は、緊縮財政政策が量的緩和の効果をいかに弱めるかを示している。また、2008年以後、ソブリン (国家) 債務危機のカケラすらないという事実にもかかわらずだ。(金額ベースで見れば、ユーロ圏の周縁国よりもデトロイトの方がよほど「ソブリン」である。)

悪いのは支配者層だけではない。日本の人気取りのマスコミに加え、中には立派なビジネス誌までも、国が「破産する」と煽 (あお) るのが大好きだ。現実には、日本は世界最大の債権国である。しかし、この [破産の] 話は非常に強力なので、この十年間、債券市場の黙示録的終末を誤って予測してきたことで有名なアナリスト (※訳注1) が、このほど国会に当選したばかりである。

日本の負債が多すぎるという考えを広めるのは簡単だ。日本の資産もまた多すぎる ― 言い換えれば、日本のバランスシート (貸借対照表) が日本の経済規模の割には大きすぎる ― という考えの方は、分かりにくい。政策に対する意味合いもおおいに異なる。正しい解は、ベルトの引き締めではなく、ベルトを緩めることだ。すなわち、貯蓄を減らして、消費を増やすことである。政府は家計の消費に課税するのではなく、企業のバランスシート上の遊休現金の山に狙いを定め、賃上げや配当増を促すべきである。

安倍氏は、リフレーションの圧倒的必要性を初めて理解した日本政治家である。だからこそ彼は12月に地滑り的勝利を収め、50年間で最も力強い株式市場の上昇を引き起こしたのである。もし仮に彼が故橋本氏と同じ道をたどるとすれば、彼自身だけでなく日本にとっても、グローバルなリフレーションの見通しにとっても、悲劇的であろう。

15年間のデフレから経済を抜け出させるための正確な処方は、誰にも分からない。しかし、金融政策と財政政策が反対の方向に引っ張るよりも、一緒に引っ張った方が、成功の確率が高まることはほぼ確実だろう。安倍氏は9月に決断を下すことになっている。名目GDP成長率が3年連続で目標の3%に達するまで増税を保留することによって、彼の最優先事項がリフレーションであるという明確な合図を発信することができるだろう。

消費者、抵当権者、求職者らは、きっと気分良く、その知らせに乾杯することだろう。

(※訳注1) 日本維新の会から比例区で当選した藤巻健史氏を指すと推測される。

(以上)